前回のコラムでは人不足の悪循環について説明しました(人不足の悪循環から抜け出す方法 その①)。本日はこの悪循環から脱出する具体的な方法について、職員定着の面から説明します。
前回の復習 人不足の悪循環とは
人不足の悪循環とは以下の負のループのことでした。
- 急募で人を募集する
- 早く充足させたいのでとにかく採用してしまう
- 採用した人材と組織とでミスマッチが起きる
- 結果、早期離職するか、採用した人材の影響で既存職員が離職する
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そして、人不足の悪循環から抜け出すポイントは以下の通りと述べました。
- 良い人から辞めていく事態を回避する
- リクルート活動のアピールポイントにする
これらの理由から定着⇒採用という発想の転換が人不足の悪循環からの脱出ポイントです。
それでは定着の取り組みに関しての具体策について考えていきます。
人が辞める理由にロジカルに対策を打つ
職員定着の取り組みを行おうとする時、「何となくこれやったら良いんじゃないか?」とか、「ここが問題だと思われるから対策を打とう。」とか、感覚でやってしまいがちです。
福利厚生の充実や賃金既定改正や報奨制度導入といった金銭的な報酬対策が職員定着の取り組みだと勘違いしているケースもあります。もちろんこれらの対策も大切なことを否定するつもりはありません。
離職を引き起こす要因は給与ではない
例として介護職を取り上げます。介護職の離職理由の上位は何でしょうか。賃金が安いというイメージがありますが、賃金が離職の理由になっているのでしょうか。
例として介護労働安定センターが令和2年8月に発表した「令和元年度 介護労働実態調査」から引用してみます。
介護職の離職理由 Top5
- 職場の人間関係への不満
- 結婚・出産などのライフスタイルの変化
- 会社の経営方針や理念に合わない
- 社内の評価や将来性が不透明
- 人員整理や法人解散の影響
離職理由のTop5には賃金関連は出てきません。第4位の「社内の評価や将来性が不透明」には賃金に関係する理由が含まれていますが、それでも第4位です。
第2位と第5位については、プライベート要因と法人都合です。結婚、出産しても続けられる組織作りといった対策は大切ですが、個人のライフスタイルのためいかんともしがたい現実があります。
一方で、第1位の「職場の人間関係への不満」、第3位の「会社の経営方針や理念に合わない」といった離職理由はしっかりと改善したい部分です。
辞めようと思わせる要因の解析
介護職の離職理由として、「職場の人間関係への不満」、「会社の経営方針や理念に合わない」が上位であることが分かりました。しかい、これだけでは全く対策が打てません。抽象的過ぎて何を改善ターゲットにすれば良いのかが見えてきません。もっと踏み込んで、職員を辞めようと思わせる要因の解析が大切です。
2021年に老年社会科学という雑誌に面白い研究が掲載されました。
「高齢者介護施設における介護職員の離職意向に関連する要因の構造分析(内田ら)」という研究です。
この研究の興味深いところは、職員が辞めようと思う気持ちの構造を分析しているところです。構造を分析しているとは、職員が辞めようと思う気持ちに影響を与える要因にはどのようなものがあり、どんな要因が直接的に影響を与え、どんな要因は間接的な影響に留まっているのかを心理学統計を使って明確にしているということです。
専門的心理学統計を使っていますので、具体的数値を紹介すると説明が複雑になってしまいます。そこでこの研究における結論をまとめたいと思います。
結論の要約
- 介護の質向上への取り組みは職員の離職意識をダイレクトに低下させる。
- ここで言う介護の質向上への取り組みとは、施設の理念や職員の介護への想いを大切にし、各々の意見を積極的に取り入れ、理想的な介護の実現に向けて主体性を重視した職場環境への取り組みのことである。
- トップダウンの管理体制は離職意識をダイレクトに高める。上司の意向を重視させるマネジメント体制ではなく、現場の意見を反映できる職場環境の構築が離職意識を低下させる。
- 業務負担の軽減、適切な評価や人員配置などの労働環境の整備は、それらが介護の質向上に向けた取り組みになっている場合にのみ職員の離職意識を低下させる。
- 理念や職員の想いを大切にする組織風土を醸成する
- 介護の質向上を目的としたPDCAサイクルを構築する
- 職員が主体的に介護の質向上を行える仕組みを整える
- 上司は情報や根拠を明示し、職員の動機づけを意識したマネジメントを行う
「職場の人間関係への不満」、「会社の経営方針や理念に合わない」に対策を打つでは抽象的過ぎましたが、ここまでくるとかなり具体的な対策イメージが持てます。
理念や職員の想いを大切にする職場風土を醸成する
理念や職員の想いを大切にする風土を作るためには、まず、そのような組織にしたいという経営方針やビジョンを明確に打ち出すことが大切です。
経営方針やビジョンを見える化させた上で、繰り返し伝達させていく必要があります。しかし、理念を含めた経営方針やビジョンは抽象的な表現になりがちです。「利用者様に寄り添って~」、「地域を支える~」といった美しく、誰も反対できないような内容になっているケースが殆どでしょう。理念としてはそうあるべきです。しかし、職員に浸透させるためには、理念の実現のために組織がどの方向に走っていくのか、具体的に何をしていくのか、職員に何を期待するのかといったものをしっかりと描かなければいけません。そのためのマイルストーンになるのが中長期経営計画です。中長期経営計画を作成することで理念からその実現に至る具体的計画や行動が明確になります。
理念や職員の想いを大切にする職場風土を醸成するためのポイントは、理念に紐づけた中長期経営計画までを描くことで経営方針やビジョンを階層化させることです。
中長期経営計画については「経営方針の見える化と伝達の具体的方法について その①」に詳しくまとめていますのでこちらもご覧ください。
介護の質向上を目的としたPDCAサイクルを構築する
“介護の質向上を目的とした”とついているのが肝です。何となくのPDCAサイクルではなく、“介護の質向上を目的とした”という大きな目標を実現するためのPDCAサイクルとしなければなりません。
しかし、その前に、質の高い介護とは何かを定義する必要があります。これは理念やビジョンと利用者満足度(CS:customer satisfaction)と言い換えることが出来ます。
これには大きなPDCAサイクルと、小さなPDCAサイクルの2つの仕組みが含まれています。そして、小さなPDCAサイクルは、大きなPDCAサイクルのDo(実行)の中に含まれています。
大きなPDCAサイクルは理念やビジョン、中長期経営計画の実現に向けての仕組みであり、効果確認の指標の1つに利用者満足度を上げています。
小さなPDCAサイクルは現場レベルで起きる改善活動を中心とした仕組みのであり、日々の業務と直結した内容になっています。
大きなPDCAサイクルと小さなPDCAサイクルを結びつけることで、組織内のすべての改善活動が、理念やビジョンの実現につながることであり、結果、利用者満足度を上げる介護の質向上につながるということを理論的に説明することが出来るようになります。
大きなPDCAサイクルと小さなPDCAサイクルの話は「医療介護福祉組織の風土を確実に改善させる4つのプロセス その①」にまとめいますのでそちらもご覧ください。
職員が主体的に介護の質向上を行える仕組みを整える
これは主体性を発揮できる環境を整備すると言い換えることが出来ます。具体的には、①ルールを設定し、②書式を整え、③賞賛の仕組みを取り入れ、④教育の機会を設定することです。
① ルールを設定する
職員が、業務改善や新しい取り組みを始めたいと思った時に、どのような手順で行動すれば良いのかのルールを設定します。職員の主体性が無いという嘆きの声はよく耳にしますが、実はこのルール設定があいまいで、職員が動きたいけど、どう動けば良いのか分からないというケースが多いです。
ルール設定とは、“いつ”、“誰に”、“どういった情報”を上げれば、業務改善や新しい取り組みが動き出すのかを明確にすることと言えます。
② 書式の整備
ルールを設定したらそれを書式に反映させます。書式に反映させるとは、職員が業務改善や新しい取り組みを始めたいと思ったら、「この書式に記載して提出してね」という環境を整えることです。
書式を作成することで職員側としては思考をまとめやすくなりますし、書式に沿って記載していくことで論理的な提案内容に自然と導くことが出来ます。
③ 主体性を促す仕組みづくり(賞賛の仕組み)
ルールを設定したり、書式を整備したりするだけで主体的に職員が動くことは殆どありません。ここにもう一工夫として賞賛の仕組みを入れます。
賞賛の仕組みとは表彰制度です。例えば、1年で最も素晴らしい改善提案をした職員を表彰する。1年間で最も多い改善提案を出した職員を表彰する。こういった制度を作り、職員の行動を後押しします。個人目標に取り入れるのも良いと言えます。
④ 教育の機会設定
教育計画を作成して教育機会を設定しましょう。教育の種類は2つに分かれます。1つは最新の介護理論や臨床理論、感染予防や事故予防といった介護の質向上そのものになる教育です。もう1つは、業務改善の進め方やロジカルシンキングといった介護の質を向上させるための方法の教育です。
上司は情報や根拠を明示し、職員の動機づけを意識したマネジメントを行う
先ほどの研究では、トップダウン式のマネジメントは職員の離職意識を高めることが分かっています。上司の意向や前例主義で判断をして、その根拠や背景情報を明示しない管理主義は不適切です。意思決定時に職員の意見を訊きながら、マネジメントの判断基準として介護の質向上があるという姿勢を示し続けるリーダーシップが求められます。
「職場の人間関係への不満」、「会社の経営方針や理念に合わない」といった離職の上位理由への対処もこのようにエビデンスに基づいて対策を打っていくと具体的でクリアになります。
丁寧に、継続的にこれらの対策を打っていくことで、
- 入れても入れても人が辞めていく状態を改善させる
- 良い人から辞めていく事態を回避する
- リクルート活動のアピールポイントにする
といった状態に組織を持っていくことができます。
ここまでくれば人不足の悪循環からの脱出はもう少しです。
次回は人不足の悪循環から抜け出すための採用戦略についてまとめます。
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